地球温暖化と昆虫

桐谷圭治・湯川淳一 編
全国農村教育協会
A5判 348ページ
定価 4,500円+税
ISBN 978-4-88137-149-7
出版社へのリンク: http://www.zennokyo.co.jp/book/index_toc.html


19巻1号掲載書評
 地球温暖化が炭酸ガスの増加によって引き起こされたのだということは厳密に証明されていることではないが、過去の気象統計からは温暖化傾向がかなり長期的に続いていることについては認めざるをえない。この傾向が昆虫の分布に与える影響について編者の1人は10年近く前から問題提起をされていた(桐谷 2001、「昆虫と気象」)。本書はその続編ともいうべき内容で、より広範な研究者を糾合することによってわが国の昆虫の分布の変遷と過去数十年の温暖化傾向との関連性、およびその要因をさぐっている。対象としては、発生統計が長期間にわたって蓄積されている農業害虫を主としているが、樹木寄生性タマバエやマラリア媒介蚊なども含んでいて興味深い内容であった。ただ、同様の視点での研究が行われてきたにも拘わらず、ダニ類が含まれていないのが、評者には少し残念であった。
 本書では、温暖化傾向が昆虫の分布をどう変化させたのか、またそれがさらに続くとしたら、どのような分布変化が起こりうるのか、昆虫の生理・生態的なデータに基づいて予想しようとしている。まず、精度の高い過去の気象変化から、これまでの断片的な情報を整理して科学的検証に耐えるものにしたという努力を買いたい。このような試みができるのも、最近になってローカルな気象データ(昆虫の分布は一重にローカルな問題である)が手軽に利用でき、コンピューターできめ細かく分析可能になったからであり、その意味でタイムリーな企画であった。評者の経験でも、20年前にアメダスデータを利用しようとすると法外なコストがかかり、国の機関が収集したデータを研究に利用するのになぜそのようなコストが必要か、と大いに疑問をもったことがある。そのような不便が解消したことで、このような研究は今後さらに精度を高めていくことだろう。
 ところで、冬の寒さだけによって北方域への侵入が阻害されている昆虫では、冬の温暖化がその北進を可能にする、また夏の高温だけが昆虫の南進を阻害しているなら、温暖化はその昆虫の南限を北にもちあげるというのは生理的(あるいは物理的)な帰結であり、そこに目新しさはない。むしろ、地域や寄主植物を固定して、そこに繰り広げられていた植物-植食性昆虫-天敵の相互作用系(あるいは農業そのもの)、すなわち生態的諸関係が、温暖化によってどう変化し、今後どうなるのかという視点が重要なのだと思う。本書では、温暖化によって2つのことが問題になるとしている。つまり在地の昆虫の化性(年に何回発生するか)が温暖化で変化し、害虫被害が大きくなるかどうか、また天敵等がそれにどう対応するかである。生活史および休眠性の諸パラメータから、大胆にその関係を予測する試みがなされているが、検証はこれからの研究に待つことになるのだろう。様々な温暖化に関係する事象を取り上げて、その要因を幅広く検討した本書は、桐谷博士が強調するように、まだ最初の試みにすぎない。この本が示した問題点を読者諸氏の今後の研究に生かして欲しいというのが執筆された皆さんの本音のようである。その場合、これまでのように結果を振り返って、ありうそうな現象と要因を「附会」するのでははなく、あらかじめ仮説を立て、それを時間を追って検証するような「温暖化研究」の方法論をもつ必要があるのではと考えさせられる内容であった。

北海道大学大学院農学研究院  齋藤 裕