南西諸島のササラダニ類

南西諸島のササラダニ類
青木淳一 著
2009年12月発行
東海大学出版会
B5判 260頁
12,000円(税別)
ISBN978-4-486-01858-2


19巻1号掲載書評
 青木淳一先生(以降,著者)の研究室で学生をしていたものは,みんな必ずといっていいほど,暑い場所,遠い島々が好きになった.学生は,自分達では行ったことがなくても,「沖縄はいい,島はいい」と信じ切っていた.なぜなら,著者が調査旅行から帰られると,いつも沖縄や奄美の島々の話をされるからだ.調査から帰れば,今回はこんなことがあった,島には1台しか車がなくてそれを借りて調査をした(例えば),こんなうまいものを食べた,こんな危険な目に遭った,写真を見せてやろう,そして,こんなダニがいたのだ.と始まるものだから,みんながその気になった(今もお会いするとそうなる). ササラダニ類は,ダニの仲間とは思えないような不思議な形をしているものが多いが,南西諸島のササラダニは,格別に特徴的な形態をしている.著者が魅了されてやまないこの土地と文化以上に,この島々のササラダニが,著者を,そして,その話を聞くものの心ときめかせる.
 この本のタイトルにある南西諸島とは,鹿児島県の薩南諸島と沖縄県の琉球諸島の総称である.著者は鹿児島から台湾まで続く島々のうち,1978年から2008年までかけての31年間に,人の住む38の島々すべてを調査され,ここにその集大成が出版されたのである.南西諸島での著者の研究の一端を紹介しよう.鹿児島県奄美大島から得られたササラダニ類の新種記載に関する報告(Aoki, 1984)は,1984年に日本動物学会から,Zoological Science誌が新しく発行されたとき,記念すべき1号を飾り,また,第1回日本動物学会論文賞を受賞した.著者の南西諸島における研究の成果のひとつであり,そのデータは本書にも含まれている.当時,日本動物学会のなかで,分類学の論文が受賞したことは,特にダニのような微小な動物を扱う分類学者にとって大きな励ましとなったと聞く.
 さて,今回の出版に向けて,新たに本書では9種の新種・新亜種の記載と,11種の日本新記録種の報告がなされている.この新種・新亜種9種のうち5種が,筆者が若い頃に大冊のリビジョン(Aoki, 1965)を世に顕して以来,独壇場としてきたイカダニ上科に所属する種である.著者の歴史を感じるとともに,1965年にリビジョンが書かれていながら,まだまだ多くの新種を発見する楽しみが,ササラダニにはあることを教えてくれている.
 本書の最も大きな見所である,生物地理学の観点からも南西諸島の島々が.ササラダニ類の生物地理学の研究に適した調査地であることは確かである.例えば,形態計測の方法は,ササラダニ類では体が小さいために地理的変異について,あまり明確な結果が得られない.また,アイソザイムや分子遺伝学的情報も使えなかった.したがって,当時は,島嶼における種の分布の有無が明確な基準となった.著者が研究に取りかかられた当初,ササラダニ類には,地理的分布が少なく生物地理学上の分布境界線が通用しないだろうと考えていたそうである.南西諸島の分布境界線である三宅線,渡瀬線,蜂須賀線は,昆虫や鳥類,ほ乳類にはよく適用できるが,それがササラダニ類はあてはまらないだろうと予想されていた.しかし,調査結果がまとめられて行くに従って,その仮説が正しくないことが徐々に証明されていったという.成果としてのササラダニ323種の分布図は圧巻で,よく考えられている.各島の面積の対数値を表す円が地図上に配置され出現した部分が黒く塗られている.この地図を眺めていくと,生物分布の境界線を守っている種が多いことが,読者にも手に取るようにわかる.「島の面積×最高標高」が,ササラダニの種数と正の相関を持っているグラフも興味深い(p.101).面積だけではなく,標高が高いことはそれだけ島にたくさんの異なる環境があることを示しているものだろう.そして,この相関から外れるいくつかの島は,火山島であるためにササラダニ類の相が貧困だという.また,世界で唯一その島にしかいない「島固有のササラダニ種」が31種もいることに驚いた(p.186-192).
 著者の代名詞でもある「ササラダニ類による環境選好性と環境診断(p.195-201)」は,これまで提案されてきた温暖帯域の環境診断とは,全く異なる南西諸島特有の格付けがされている.惜しむらくは,この部分に,もう少し多くの情報と解説を盛り込んでいただきたかったように思う.
 最後に,著者は,なぜ島が良いのですかと尋ねられると,「私は方向音痴だから,すぐに道に迷う,迷ったときには,そう大きくない島ならまっすぐ行けば海に必ず出る,だから島が良い.」と答えるそうである.著者らしい飾らない言葉だと思う.そんな著者がコツコツと,小さい島々の情報を,長い年月をかけて,大きく積み上げた偉業である.何人にも簡単には超えられない一冊が,出版された.

島野智之(宮城教育大学)
  • Aoki, J. (1965) A preliminary revision of the family Otocepheidae (Acari, Cryptostigmata) I. Subfamily Otocepheinae. Bulletin of National Science Museum, 8: 259-341.
  • Aoki, J. (1984) New and unrecorded oribatid mites from Amami-Ohshima Island, Southwest Japan. Zoological Science, 1: 132-147.