ニカメイガ―日本の応用昆虫学

桐谷圭治・田付貞洋編
2009年11月発行
東京大学出版会
290頁
7,000円(税別)
ISBN 978-4-13-076028-7
出版社へのリンク: http://www.utp.or.jp/bd/978-4-13-076028-7.html


19巻1号掲載書評
 応用昆虫学や応用ダニ学の進展に大きく寄与する種がある。日本の応用昆虫学にとって、本書の主題である「ニカメイガ」(二化螟蛾;年に2世代を経過するツトガ科の蛾)はまさにその代表的なイネの害虫であった。この大害虫が国をあげての防除戦略によって、今や絶滅危惧種にも近い「ただの虫」となっている・・と言うと偉大な成功例に聞こえるが、著者の一人(桐谷圭治)は本書で『残念ながら、応用昆虫学者の主導によって達成されたわけでなく、各種の米一俵増産技術の導入が結果的に・・』と明言している。私のようなポスト・ニカメイガ世代には驚きであった。
 本書は15章を14名の執筆者が分担した、大変便利なニカメイガ研究事典といえる。執筆者の半数以上は、他分野の私にとっても教科書等を通して聞き慣れた著名な昆虫学者で、既に現役を去られた先達である。しかし、筆の運びは各章ともに生き生きとし、現役のものであった。章立ては一貫し、生態現象の観察に起因し、その生態的・生理的解明を軸とし快適に読み進められる。発生予察(小山重郎担当)、栽培体系(森本信生)、トラップ(近藤 章)、寄生性(田付貞洋)、天敵(広瀬義躬)、農薬抵抗性(昆野安彦)、個体群動態(桐谷圭治)、フェロモン(田付貞洋)、イネ品種(江村 薫)、地理的変異(岸野賢一)、食性(平野千里)、配偶行動(菅野紘男)、休眠・耐寒性(積木久明・後藤三千代)、内分泌系(八木繁実)などが本書の構成を表す学術用語であるが、これらはまさに応用昆虫学の基盤分野を網羅したものと言える。
 『「米一俵増産」運動に動員された早植えなどの一連の耕種技術が予想外のニカメイガの低密度化をもたらし』(p.87)『この害虫が1960年以降あまり重要でなくなった』(p.149)ために研究が激減したとはいえ、その過程が生み出した人的交流は多大で、その後の応用昆虫学(応用ダニ学も含む)発展の起爆剤となった事は本書を通読すると自明である。昆虫学・ダニ学に従事する研究者層が、世界的に貧弱になりつつある現状にあって、課題解決に発して数多くの学術的成果をも最後には生み出したニカメイガ研究の全貌を知ることは、私たちの研究にも多くの参考と示唆を与えてくれる。近い将来に「チリカブリダニ」「アカツツガムシ」「シワイボダニ」「フタトゲチマダニ」など・・一連の代表種の名が店頭を賑わせる日を楽しみにしたいものです。
 なお、本書「おわりに」(田付貞洋)にふれられていますが、執筆者の一人、近藤 章博士が本書の上梓を待たず若くして逝去された事は個人的にも残念でなりません。氏は、岡山県におけるハダニやサビダニの研究成果を多数お持ちでした。
 

(京都大学 天野 洋)