昆虫科学が拓く未来


藤崎憲治・西田律夫・佐久間正幸編
2009年4月発行
京都大学学術出版会
580頁
4,800円(税別)
ISBN 978-4-87698-775-7
出版社へのリンク:http://www.kyoto-up.or.jp/book.php?isbn=9784876987757


18巻2号掲載書評
 平成14年(2002年)文部科学省は国内研究者(の教育研究活動)を効率的に鼓舞(&管理)する手段として,21世紀COE(Centers Of Excellence)プログラムなる補助金助成制度を発足させた。この制度は数年後に法人化を控えた国立大学(現国立大学法人)にとっては,新たな序列形成の一資料となる不安もあり,本プログラムの獲得に各大学・研究期間は踊らされ,その後の外部資金獲得競争に放浪された。本書は,平成16年度から5年間にわたり約6億1200万円の交付金(間接経費を除く)を受け実施された京都大学「昆虫科学が拓く未来型食料環境学の創生」の成果をまとめたものである。
 文部科学省による本プログラムの中間・事後評価は芳しくなかった。と言うよりもかなり悪かった(元来,昆虫科学が本プログラムのような短期的評価システムに合わない事は事前に分かることでは自明であるが)。私は当時の職の関係から,他COEプログラムの内実を知る機会がかなりあった。更に,本書を精読した素直な感想は「そんなに悪くない!」である。著者を比較的若手の研究者に絞っていること。更に各著者が恐れなく伸びやかなタッチ書いている点が評価できる。文部科学省が本プログラムの目的に書いた『世界的な研究教育の形成を重点的に支援し、国際競争力のある世界最高水準の大学作りを推進』する・・の基盤形成は感じられた。ただ,「未来型食料環境学の創生」はちょっと行方不明か。後は,拠点形成の成否と各若手の今後の成長を持続的に見守るしかない。
 元プログラムの説明で「書評」の貴重な紙面を汚しました。しかし,背景が分からないと本書の価値は半減すると思い紙面を割いた次第です。580頁の大著であり個々の詳細に触れる事は出来ないが,本書の5箇所にダニに関する章・TOPICがあるので若干のコメントを述べるに留めたい(昆虫部分は他誌の書評等を参照して下さい)。
【第?部第5章 薬剤抵抗性の拡散と国際化にどう対処するか(刑部正博/上杉龍士)】
 ナミハダニの交差抵抗性をメタ個体群構造・遺伝子頻度・ヒッチハイキング・地域拡散などの視点から論述した内容で,種の国内分布を前提とした,本種ハダニの植物検疫法適用除外などの施策にも強い危惧を示している。
【第?部TOPIC 2 ダニのアルカロイドとヤドクガエル(森 直樹・桑原保正)】
 日本ダニ学会の大会でも発表されましたが,南米の熱帯雨林に生息するヤドクガエル(毒矢の成分として利用される)の毒性分(一部)が,捕食したダニ起源であること。また,著者らが検知したササラダニの体内に蓄積されたアルカロイドが,カエルの体内のものと同じである事実などが興味深く解説されている。
【第?部第4章 葉っぱの上のマイクロコズム(矢野修一・刑部正博)】
 葉上で日常的に起こっているだろう,食べる者と食べられる者の虚々実々の攻防を,論理的に思考し実験系で確認した過程が詳しく述べられている。植物の自己防衛手段も絡まり,ストーリーが興味を喚起する。自然生態系や農業生態系の有するマクロな部分(マクロコズム?)の今後の研究に参考になるであろう。
【第?部TOPIC 2 ハダニの空中分散(刑部正博・梅田幹雄)】
 ハダニの風分散時の飛びたちを,観察に基づく基礎データをコンピューター上に3次元モデルで再現し,解析したコラムである。フィールドロボティクス分野の研究者とのコラボレションの成果(原著はExp.Appl.Acarol.誌)が述べられ興味深い。
【第?部TOPIC 3 ダニアレルギー最前線(森 直樹・桑原保正)】
 本コラムの内容も本学会大会で披露されているが,長年にわたり京都大学で解明してきたコナダニ類の香り成分(低分子有機化合物)であるα?アカリジアールがアトピー性皮膚炎の一因で有る可能性が示されている。本学会を通して知己を得た中山秀夫(中山皮膚科クリニック)院長との共同研究,さらに免疫学研究者との共同研究の発展などが紹介されている。

 それにしても,これだけのプログラム及び本書を,農学研究科及び付属研究施設という自前組織だけで構成し実施した京都大学の,昆虫学の充実には敬意を表したいし,更にその中でダニ類の研究が輝いて見えるのはダニ研究者のひいき目でしょうか。

天野 洋