動物学名の仕組み 国際動物命名規約第4版の読み方

大久保 憲秀 著
発行: 2006年8月
伊藤印刷(株)出版部
301頁
3000円(税込)(送料340円)
ISBN 4-9903219-0-1
出版社へのリンク: http://www.ztv.ne.jp/ito-pto/shupan/shupan1.html


15巻2号掲載書評
 動物の名前が言語によって異なることは当然ではあるが,それでは学問上,不便この上ないので,世界共通の学名が必要であることは,だれしも理解できるところである。しかしながら,学名がよく変わるのは何故だろうとか,安定的であるはずの学名がよく変わるのならば,むしろ英名のほうが良いのではないかといったような声が外野から聞こえることがある。一方,分類学研究者やその周辺の人々でも命名規約をほぼ完全に理解している人はむしろ稀で,私を含め多くの人は,必要に迫られて命名規約の個々の条文をひもどくというのが実状であろう。
 本書の著者大久保氏は,ササラダニの分類研究者であるとともに,自他ともに認める動物命名規約の専門家(今ふうに言えば命名規約オタク?)である。日本土壌動物学会のニュースレター「どろのむし通信」のNo.8(1993)?No.40(2006)に28回にわたり連載された「ササラダニをだしにした命名規約の話」を土台にして本書が作られた。内容は「どろのむし通信」の連載そのものではなく,統一的に新たに書き下ろされたもので,極めて豊富に挿入されている囲み記事などには,ざっくばらんな連載の雰囲気が残っている。この本は,本稿の冒頭に述べたような分類学のアマ・プロどちらの疑問や要望にも対応している学名および命名規約の解説書である。
 本書では『国際動物命名規約第4版』を条文ごとに逐一解説している。著者は「まえがき」で「命名規約の全体をこれほどに徹底して解説したものはない」と自負しておられる。たしかに条文の単なる説明・解釈に留まらず,原文に書かれていない背景や,解釈方法の私見,規則に対する批判や将来の展望と希望まで書かれている。この懇切丁寧さは,分類関係者のみならず生物学の他分野の人や学生などが,命名規約を理解するのに大いに役立つことは間違いない。しかし,イラスト本を見慣れた活字離れの若い世代にとって,本書を読みこなすのは,かなり難しいと思われる。そういう人は,囲み記事を中心に拾い読みすることから始めたらよい。そのうちに,最初は難解と思われていた学名関係事項の面白さに次第に引き込まれ,やがて理解が深まっていくだろう。そして,ひょっとすると読者の中から命名規約に精通する第二,第三の“大久保さん的人物”が輩出するかもしれない。
 かねてからの私の疑問がこの本によって氷解したので、これを紹介したい。分類の論文では、学名に著者名(命名者名)と日付(公表年)を合わせて書くことがよくあるが、従来、著者名と日付の間にはコンマ1個を置くとされてきた。しかし、2000年以降にZoological Record, Australian Journal of Entomology, Acta Arachnologica (日本)などいくつかの雑誌では著者名と日付の間にコンマが無くなった(各誌の編集方針による)。このコンマの有無について、どちらが正解であるか、かねてより知りたかった。『国際動物命名規約第4版』の原書(1999年発行;発効は2000年1月1日)は英語版と仏語版から構成され、大久保氏によれば英語版は仏語版からの翻訳のようで、ために本当の意味の原本は仏語版と言える。英語版は難解であるのみならず、仏語版の誤訳まがいの箇所があり、その一つがコンマ問題であるという。英語版では、上記箇所にコンマが無くてもよいと読み取れる構文になっているのは、仏語からの誤訳と見るべきであろうとしている。仏語版では、「コンマ以外のものを挿入するのをやめるべきである」となっていて、コンマは0個でもよいというような理屈が発生しない構文になっていることに注目している。従来どおり現行4版でもコンマ1個のみ置くと規定されていると認められることが、本書によって確認できた。大久保氏の勉強ぶりに改めて敬服した次第である。この本は、著者の長年にわたる学名研究が結実したユニークな良書として大いに推薦したい。自費出版であるから、多くの人が購入すれば著者の経済的負担が軽減されよう。

(江原 昭三)