だれでもできるやさしい土壌動物のしらべかた・採集・標本・分類の基礎知識

青木 淳一 著
2005年6月10日発行
合同出版
104頁
1,600円
ISBN 4-7726-0341-7
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14巻2号掲載書評
 本書はササラダニを含んだ土壌動物を50年間研究されてきた青木淳一氏の,土壌動物学についての啓蒙活動における集大成ということができるかもしれない.1973年北隆館から青木氏が出版された「土壌動物学−分類・生態・環境との関係を中心に」は,未だに日本語の土壌動物に関するテキストとしては,他にこれに並ぶほどの包括的な本は出版されていない.分類学的・生態学的・環境科学的な観点からすれば,もちろん古くなっている情報は沢山あるが,菌界・モネラ界に属するもの以外のすべての土壌に生息する動物を網羅した本は日本では希少である.一方で土壌動物の実験調査手法に関する本は,これまでには多くはないが,いくつかの精力的な出版物が存在する.
 しかし,ここに紹介するこの本は,青木氏が長年何冊も著述されてきた沢山の読み物の読者,つまり,児童・生徒または一般の方が対象であり,この本を一冊買えば,一般の方や,高校生・中学生はもとより,場合によっては小学生でも充分に土壌動物の楽しさに触れることができる仕上がりになっている.出版社である合同出版は,本書のような児童・生徒・一般向けの野外観察マニュアルや平易な環境学習の手引き書では定評があるが,その面からも良い流通ルートと読者を確保できるかもしれない.残念なのは青木氏がこれまで書いた児童向け(または一般向け)啓蒙書や,読み物はその多くが絶版になっており,図書館などでしか読むことができない.願わくは読者がこれらの読み物を読んだ後に本書を手に取ることができれば良かったのだと思う.そういう私は当時の児童・生徒向け読み物の読者であったのであるから,実感を持ってそう明言することができる.
 本書は,科学博物館または横浜国立大学に勤務されていた当時の青木氏の多忙さでは出版はできなかったという理由は,手に取ってみれば良く理解できる.一般の方・子供達がそのまま実践できるように懇切丁寧に細かに作られており,挿絵や写真もふんだんである.本書の言い回しは30年前の児童科学雑誌の言い回しに近いものがあって,懐かしいだけでなく本を読んだその時,児童が思うかもしれない疑問を,著者が想定しながら根気強く書き上げていったのだということもよくわかる.1973年の「土壌動物学」から随分の時間は流れたが,いわゆる実践手引き書の本書の出版を持ってして,土壌動物学における青木ワールドの完成ということができるのかもしれない.
 さて,私の立場から本書の内容の技術的側面について要点を抜き出し,また補足を加えてみたい.

  1. 1. 「H層,A層,B層がいわゆる土(13ページ・図3)」と言う表現は言わんとするところは,われわれ土壌に親しんだものなら,H層から沢山のダニが採れるため言わんとされることはわかるのであるが,少々誤解やとまどいを生むかもしれない.L・F・Hは,「堆積腐植」と呼ばれるのである(14ページ)というのが通常の意見であると思われる.
  2. 2. 落ち葉を採集するには「一番上の乾いた落ち葉はどけて,その下の湿った腐りかけた落ち葉ややわらかくなった落ち葉を手づかみにして,袋に入れます(29ページ)」ということが大切である.
  3. 3. 以下は,大変に細かいが役に立つコツといえるかもしれない.濡れた土は新聞紙でくるむとよい.夏は昆虫がツルグレン装置の明かりによってきて,中の土をかき回してしまうので網戸にする.夏は下受けビンのアルコールが蒸発しやすいのでつぎ足すようにする.(いずれも31ページ)
  4. 4. ベールマン装置で「徐々に水が温められてくると,虫たちは(中略)下の方へと移動してきます(32ページ)」ということは,本装置の作成の発想であって,実際には動物の抽出のために水が温まる必要は必ずしもない.
  5. 5. ベールマン装置にストッキングを使用するように書かれているが(33ページ),私も幼い頃やってみたことがある.しかし,現在の私はキムワイプ,または,ティッシュペーパーで充分であって,ストッキングは扱いにくいことが多いと思う.
  6. 6. もっともたいせつなことであるが,ベールマン装置では出てきた動物を観察してから固定すると書かれてある(35ページ).土壌動物特に,ダニ類もおなじであり,ツルグレン装置は最初からアルコールに落下させるのは,青木氏にとってはあまりにも当たり前のことなのかもしれない.しかし,ツルグレン装置こそ,出てきた土壌ダニなどを石膏を引いた軟膏ビンなどで受けて観察する必要があると私は思う.
  7. 7. 余談かもしれないが,ササラダニ研究のごく初期(渡辺ほか,1955;1957)では,ササラダニの捕獲に板トラップ(39ページ)を使用している.板を地面や木の幹に伏せておいてこれをめくる方法である.
  8. 8. ホールスライドグラスの使用をすすめている(50ページ)しかし,ホールスライドは,油浸での観察で対象にピントが合わないと言うトラブルがおこるため,私はお勧めしない.簡単なドリルで,ちょうどダニがすっぽり入る穴を空ける方法がある.乱反射でダニが見えないと言うことはない.ササラダニのような転がりやすいダニも,側面からの観察が可能なプレパラートが,容易に作成できることには目から鱗の方法である.ガラス粉をブロアーで充分に吹き飛ばすことがダニの細部の観察には必要である.
  9. 9. 「気泡が入ってしまったプレパラートの処理(53ページ・図7)」には舌を巻いた.丁寧なこの解説はササラダニのような厚みのあるダニの取り扱いには大切な助言である.マニキュアによる封入は,本来はさけてGLPTなどを使用すべきかもしれないが,本書は一般の方々が対象であるので致し方ないのかもしれない.
  10. 10. 顕微鏡の使い方まで書かれてあるのには驚いた.しかし,土壌動物のための顕微鏡の使い方であるので,これ以上これ以下は必要ない.59ページ・図3「アヤトビムシの観察」は,対物レンズを変えて一枚のプレパラートを撮影されている.現実に即していると思われる.
  11. 11. 第6章(73ページから)を費やして,土壌動物による「自然の豊かさ」診断(指標動物)の説明がある.スコア法を使用しそれぞれの土壌動物に点数を付ける方法である.青木氏は指標化について大変な苦労をされておりササラダニ類の科レベル・属レベルでまず環境指標を試みられたが,うまくいかなかったようである.また,MGP分析(I・II)を試みられたりされているが,結局のところ,青木氏の経験則によるササラダニ各種へのスコア法の適用という結論を現在のところ示されている(本書ではササラダニ類のスコア化については触れられていない).恣意性など,様々な意見はあるのかもしれないが,私はそれでよいのだと思う.理由は,各種へのスコア法の適用ということが,環境指標化を学ぶことで,実は種の特性による群集の構築・構成を学ぶことに繋がっていることが学べるからである.種への思いというものも,感じられることもまたよいのではないかと思うのであるがいかがだろうか?(少し話がそれました)

 最後に,偉そうな口をたたくことをお許しいただきたい.多くのダニ学の本も著述されたダニ学者としての青木淳一氏のダニ学の集大成を,どうかまた近いうちに拝見したいと,青木氏が書いた読み物の昔の愛読者は願っている.「自然の診断役(NHKブックス・絶版)」を手に取ったときのような衝撃と,スマートな読み口をまた味わいたいものだと心待ちにしている.

(宮城教育大学・環境教育実践研究センター 島野 智之)